の私問題解決の考え方 第2章

第2章 私の問題解決の基本的な考え方
   -素直で正直にー

<便利な世の中になって、私達は馬鹿になっていないでしょうか?>


世の中が平和になって、便利になると、そこに暮らす人間は、より利口になるのでしょうか、馬鹿になるのでしょうか。

私達は、自分達がより楽にやりたいことができるように、自らの頭や体を使って、いろいろな技術や機械などを作り出しました。そして、私達は昔より豊かになり、自由にできる時間が増えていると思います。しかし、あまり楽になると、私達は機械に頼りすぎてしまい、自ら自分でやらなかったり、考えなくなってしまったりという可能性が出てきます。


オレオレ(振込み)詐欺に騙されたり、馬鹿なことをやって事故を起こしたり、損害を与えたり、受けたり、様々な嘆かわしいニュ-スが毎日報道されています。

そして、最近話題になっている本には、大人に、小学生のように、声を出して本を読めとか、マス計算をやれなどいうのもあります。

こんな本を読むより、その日その日、もっと頭を使いましょう。自分の仕事に、遊びに、趣味に、他の人のために。聞いたこと、読んだこと、言われたことを鵜呑みにしないようにしましょう。分からないことは質問しましょう。疑いましょう。自分で考えて、判断しましょう。いろいろな可能性を考えましょう。物事に興味を持ちましょう。新聞を読みましょう。話をよく聴きましょう。日本語に堪能になりましょう。テレビはほどほどにしましょう。ラジオの方
がいいです。テレビを見るより、もっと大事なことが沢山あるはずです。


<裸の王様>
  -真実を求めよう!・・・素直で正直にー

アンデルセンの「裸の王様」という話があります。
裸の王様

図2.1 裸の王様(元わが社で私の秘書をしてくれていたIさんが切り絵で作ってくれました。)


悪い洋服屋に騙されて、ある国の王様が、馬鹿なものには見えない、という洋服を作ってもらうことにしたのです。その洋服が「出来上がって、」王様が着ると、周りの人達は、馬鹿だと言われるのが嫌なので、皆、立派な洋服だとほめます。町の中を行進しても、町の人達もこの話を聞いているので、皆、立派だとほめそやしたのです。ところが、王様を見た一人の子供が
「王様は裸だ!」
と叫んだのです。

私はこの話が好きで、私は、自分が講演をするとき、この絵をよく使っていました。研究では(いや、他のことでも)、周りに惑わされずに、ものの正しい姿を見ることが大事です。

「星の王子様」(1)も、大人について、これと似たような、いろいろなことを言っています。大人は簡単なことも分からないとか、いろいろ面倒くさいことばかり考えるとか言っています。「科学者」や「学者」についても同じようなことが言えます。

いや、私達の生涯で、生まれてから私達はだんだん馬鹿になっていくのかもしれません。アメリカのブルースの歌詞(諺にある?)に
「人間は生まれつき馬鹿なのではなく、馬鹿になっていくのだ(Fools are made,
not born)」
というのがあります。


私は、問題解決のためには、子供のように、

「素直で、正直に、あるがままの姿を見ようとすること」

が大事だと思っています。


<質問しましょう、疑いましょう>
  -鵜呑みはダメー

最初にお断りしておきたいのは、この論文の主題は、

「<私の>基本的な考え方」

であるということです。

だから、この論文の題名も

「<私の>問題解決の考え方」

なのです。


ですから、私が書くことに対し、

「私はそう思わない。私はこう考えている」

というような意見が出るのは当然だと思いますし、いいことだと思います。読者の皆様から、そういうことがあれば、気軽にご意見をお願いいたします。

元々、本というのは、基本的には、一方通行のものです。読んでいて、疑問が出たら質問して、答えてもらい、また読むというようなわけには行きません。勿論、著者に質問したり、反論したりは、できることはできますが、しない人の方が多いでしょう。

でも、読者は、読みながら、ここは全く分からないとか、そうは思わないとか、こうした方がいいだろうとか、このように書いたら分かりやすいだろうとか、いろいろ思っているはずです。

インターネット上で書きつつある、この論文では、そういうこと(質問したり、意見を述べたりすること)ができるのです。皆さんがその気になりさえすれば、私が論文を書いている途中(研究しながら、書いています)でも、また、書き終わってから(これは何年先になるか不明)でも、私が生きている限り、質問していただいて結構ですし、していただきたいのです。各章の終わりに、読者の皆さんからご意見等と私の答えを載せるようにします。


オモシロイさんからご意見が来ています。

>これ面白いですね。うまく行けばいいですね。大学などで、講義をただ聞き、ノートをとる、という傾向がありますが、こういうことの改善にもつながらないかと思います。

私から、

>ありがとうございます。どうなるか分かりませんが、こちらは反響があることを願って、待っています。なんでもこいです。



私は、

「質問する」とか、「討論する」

ということはとても大事なことだと思っています。何かについて考えるときに、これら二つのことは、「考える」とき、大きな助けになります。

そして、これらは、

「自分で考えて、判断、行動する」

ということにつながります。



<基本的な考え方はあるのか?>

さて、「基本的な考え方」ですが、もしかしたら、それは私だけのことで、読者の皆さんには当てはまらないことかもしれません。でも、私は、自分の経験(自分の研究、趣味、日常の問題解決等、及び、他の人の相談に乗った例など)から、基本的な考え方は「ある」と考えています。但し、それは人によって違うかもしれません。

問題はいろいろ違っていて、自分では意識していないかもしれませんが、問題解決のための考え方には共通性がある(私の場合には)というのが私の結論です。そして、それを意識している方が問題解決のために有利に働くと考えます。

私の経験については、第4章以降で具体的に説明します。私自身、長い間、「基本的な考え方」があるかどうかなど考えてもいなかったのですが、私の研究のかなり部分を一つの論文(2)にまとめているときに、そのことに気づきました。そして、面白いことに、山菜採りや古文書解読などの趣味や、日常の生活のいろいろな問題の解決でも、似たような考え方で対処してきたことに気づいたのでした。

皆さんも、それぞれ自分の場合について考えてみられたらと思います。ここが同じだとか、ここが違うとかいろいろ出てきたら面白いですね。


<では、その考え方とは?>

まず、考えることは

1.目標(解決すべき問題)は何か?
2.何をやるか?

です。


簡単な例をあげましょう。

例1 料理の味付け

ちょっと味見してみたら、煮物の塩気が足りませんでした。では、ということで、塩を少々足しました。

「塩気が足りない」というのが、解決すべき問題で、「塩を足した」というのがやったことです。

こんなことなら、私達が毎日やっていることです。あまり頭を使わずに、ごく自動的(無意識)にやっていることです。


では、この問題を解決するあなたが、地球のことも、日本のことも全く知らない「宇宙人」だったら、どうでしょう。日本人にとってどういうものが美味しいかということも知らないし、調味料に塩というものがあることも知らないのです。

この場合、目標は

「煮物を普通の日本人が美味しいという味にする」

ことです(日本に来ているとしましょう)。しかし、あなたは「美味しい」ということさえ
分からないので、まずそれを学ばなければいけません。いろいろなものを食べて、どういう味が「美味しい」のかということを覚えなければなりません。

それが分かったからといって、まだやることは分からないのです。料理に使う材料のことも分からないのです。いろいろな材料がどんな味で、料理するとどんな味になるのかも知らなければなりません。また、料理のやり方だって、いろいろな可能性があります。

いろいろな材料を使って、いろいろな方法で料理してみても、材料の中に「塩」が含まれていなかったら、多分、目標は達成できないでしょう。

いずれにしろ、相当頭を使って、手間をかけなければいけません(自分1人で解決する場合)。


<誰かに聞く>

最適解(一番良い答え)は、この場合、言葉は通じているようなので、誰かに聞いて教えてもらうことです。これが不可能なら、上に書いたような、いろいろなことをやらなければなりません。

さて、目標とやることが一応分かったとして、人間に、「基本的な考え方」というのがあるのだろうか、ということを私は考えてみたのです。勿論、宇宙人ではなく、人間について考えてみました。

日常の、ほとんど自動的に処理できる問題なら心配しなくてもいいのですが、新しい問題で、かなりよく考えないと答えが出ないような場合についてです。例1の宇宙人の場合とか、私が研究で、今まで経験したことのない、新しい問題に取り組もうとしたときなどについてです。そういうときには、あまり慎重に考えてしまうのはよくありません。


<まんずやってみれ!>
  -とにかく始めましょう!-

です。例をあげましょう。

例2

Aさんは、とても頭が良くて、慎重で綿密な人です。彼は、その問題についてのこれまで他の人達がやった研究を徹底的に調べたのです。その結果、いろいろ考えられることを既に多くの研究者が挑戦はしているのですが、まだ良い結果が得られていないということが分かり、やる気をなくしてしまったのです。そして、彼は研究を始められないで終わってしまったのです。(実話です。)


こういうとき、あまり自分の頭の中でよく考えてしまうのはよくないのです。どうすべきかと言うと、

「まんずやってみれ!」(秋田弁の、この表現が合うような気がするのです。)

です。


<ちょっと脱線>

なぜ秋田弁の言葉になったかをちょっと説明させて下さい。

これは、私が、秋田県立大で1年間、ある研究立ち上げのお手伝いをし、帰る前に行なった講演(まとめ)の題の一部なのです。その題のおかげで、大勢の地域の皆さんにも私の講演を聞いてもらえて、私の言いたいことを素人の人達にかなり伝えられたような気がしたのです。

その題は

「まんずやってみれ!んでねばやる気も出てこねえ!」

でした。

その後、研究や仕事の相談に乗ることがあるたびに(ほとんど毎回)

「まんずやってみれ!」

と言っています。そして、それが本当にやるべきことだと考えるのです。


Cさんからご意見が、

>私には、いきなりはできません。できる限り調査して、自分なりにやるべきことを考えてから始めます。調査しないと、もうやられたことをやるかもしれないではないですか。


私から、

>おっしゃることはごもっともだと思います。でも、調べた結果が嘘のこともあります。私の場合、多分、いろいろなことを想像する力が足りないのかもしれません。ごく簡単な調査後すぐ始めます。自分でやってみないと本気になれないのかもしれません。自分で得た結果は真実です。そして、幸い、既にやられていることと同じになったことはありません(知る限り)。なお、私の言うことは、全て、「私の」考え方、とご認識いただきたく。



<いろいろやりながら考えよう!>

はじめに、目標とやることをある程度考えたら、すぐに解決に着手すべきなのです。そして、やりながら考えるのです。

新製品の作り方を開発する場合を考えてみましょう。それには、とにかく、まず、その製品を作ろうとしてみるのです。はじめから、作ったものをよく見ながら、作業を進めていくのです。そうすると、最初は失敗します。そうしたら、作ったものをよく調べ、どこが悪かったかをいろいろ考えるのです。また、作り方のどの部分に一番問題がありそうかということもいつも頭においておくといいです。このようなことを何回も繰り返して、経験と、自分で考えることにより、どこの工程が難しいか、どうしたら改良できるか、などということが少しずつ分かってきます。

はじめは不良品ばかりです。実際にものを作って、何ができたかをよく調べるのです。いろいろな問題を体験するのです。

以下のようなことを考えながら、いろいろやってみるのがいいでしょう。

体験しよう、苦労しよう!

いろいろな可能性を体験し、想定できるようにする。

人に聞こう!(聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥)

楽しもう!でも、楽をするな!

面白いところを探そう!

何がやりたいのか?

何が分からないのか?

何のためにやるのか?

問題は何か?

具体的に考えよう!

問題の構造を考えよう!(複雑な問題の場合)

いろいろな要因を考えよう!

質問しよう、疑問を持とう!

どれが大事な要因かを考えよう!

解決の道筋を考えよう!

良悪の判定はできるのか?

なぜ悪いか?なぜ良いか?

何を、どう、いつまでにやるのか?

やることの確認と納得


<はっきりさせたいことは?>

以上のようなことをやり、苦労し、面白いところも見つかると、問題点、目標、やるべきことや計画がより具体的になってくるのです。即ち、この検討ではっきりさせたいことは

1.目標の具体化

2.問題点の洗い出し

3.具体的にやるべきこと

4.やったことの良悪を判断できるようにする。

5.やったことがなぜ悪いかを調べられるようにする。

6.計画の具体化

です。


今まで書いたことで、目標が正しいかどうかを吟味するというのは、特に大事なことです。これが分かっていないと、折角やったことも役に立たないかもしれません。

[原発を作ったときのことを考えてみましょう。目標は、「石油がもうすぐなくなることが予想されるので、安価で安全な原発を作る」でした。ところが、
1.石油はすぐにはなくならず、まだ沢山使われている。
2.安全ではなかった。
3.安全に必要な費用を考えると、高価である。
4.計画した国は、発電だけでなく、原爆を作る技術を持とうと考えていた。
で、今、日本は大変な状態になっています。2014記]



その目標に向かって、こうやれば、本当に問題が解決するか、ということが大事です。まず、いろいろやってみて、問題をもっとよく理解することにより、的を射た問題解決が可能になるのです。

でも、目標について、あまり厳密になって考えてしまうのもよくありません。自分が開発に貢献した製品が悪人に使われたらどうしようなど考えたら、何もできなくなります。

私も、半導体関係の研究の仕事を長年やってきましたので、それらの研究がいくらか貢献してできた製品を会社が消費者に売っているのです。買うのは善人ばかりではないので、もし、私の仕事が悪事の加担になっていると言われれば否定はできないのです。

でも、多くの人達は昔より便利になったことを喜んでいると思います。(便利が本当にいいことかどうか分かりませんが。)



<そんなこと当たり前?>

ここまで読まれて、多分、多くの方々は、この章で私が書いてきたことについて

「そんなの当たり前のことよ」

と言われるかもしれません。ある意味では、このようなことは、人に言われるまでもなく、自分で自動的に(無意識かもしれません)やっていることなのです。


<でも、実際はそう単純ではない>

しかし、仕事(研究や開発など)が、大きな、複雑なものになってくると、当たり前のことができなくなってしまうことがあるのです。


例3

新しい半導体素子を開発することを考えてみましょう。

いろいろな「原料」を使って、多くの工程からなる「プロセス」を経て、「半導体素子」を作るのです。

目標は、素子としての機能(沢山の情報を溜め込んでおけるとか、速く計算できるとか)が十分な製品(パソコン、携帯とか)を作ることです。この機能が出ているかどうかの判定には、具体的には、素子の特性を測定します。

しかし、この素子は、多くの人達が、いろいろな材料を使い、多くの製造工程を経て、やっと出来上がるのです。開発段階で、試しに作るのに、1カ月もかかったりするのです。苦労して作った結果、欲しい素子特性が得られなかったとしましょう。

これだけでは、どこが悪かったのか分からないのです。原料を調達する人達も、各工程の担当者達も、全く初めての経験の場合は、自分でやったことが良いか悪いかの判断もできないのです。


<どこがポイントか?>
 -やっていることの良し悪しを知ろう!・・・チェック機能ー

実際には、全部初めてということはなく、多くの工程は今までのやり方でいいのです。しかし、どこかに大事な(あるいは難しい)工程があり、そこをきちんとできるようにするのが勘所になります。その他の大部分の工程は今までうまく行っていたようにやればいいのです。この工程を見つけるのが第一のポイントです(不良品をよく調べるのです)。

そして、この大事な工程のやり方が良いか悪いかの判断が、多くの場合、この時点では難しいのです。ですが、この時点で、何らかの「チェック機能」が見つかり、これに合格すれば最終的に良い素子ができるということになれば理想的なのです。

さらに、この時点で、うまく行かないときに、どうしてうまく行かないかという評価をする手段が欲しいのです。「チェック機能」にこれも含めることにしましょう。この「チェック機能」が確立できれば、問題の対策が容易になり、製品の開発もとても速くなります。これ(チェック機能)を見つけるのが第二のポイントです。

これは、私が頭の中で考えて出てきたことではなく、私のいろいろな問題解決の経験から、生まれてきたやり方なのです。第4章では、いろいろな例で紹介します。


<まとめましょう>

今まで、私が言ってきたことを図示すると、以下のようになります。



[問題を解決する人]
    ↓
[目標(課題)は?]
[やり方は?]
    ↓
[まんずやってみれ!]
  問題点の洗い出し
  目標とやることの具体化
  チェック機能
   やったことの良悪の判断
   悪いものの原因解析
    ↓
[問題解決開始]

図2.2 問題解決の基本的な考え方
(良悪の判断と原因解析をひっくるめて「チェック機能」と呼ぶことにします。)


当たり前で、くどいようですが、例4でもう一回説明しましょう。


例4 Aさんが肉じゃがに挑戦

Aさんは、亡くなったお母さんが作ってくれた肉じゃがを自分の家族にご馳走しようと思ったのでした。

図2.2に沿って、Aさんの問題解決のやり方を考えてみましょう。

まず、<問題解決する人>はAさんです。第4章で示す例の多くの例は、私が問題解決をする人です。誰がやるかというのはとても大事なところです。私がやればできるが、他の人にはできない、あるいは逆のこともあるのです。

特に、料理にはこのような差が大きく出てきます。ものの味が分らない人もいるのです。味が分からないということは、チェック機能が働かないということです。味付けが良いかどうか分からないということです。研究でも、このようなことがかなりあるのです。自分でやっていることの良悪が分からないで研究をしていることがあります。

幸い、Aさんは食べることが好きで、お母さんの肉じゃがの味も覚えていました。ですから、問題解決の可能性は大と言えるでしょう。

次に、<目標>は「家族に喜んでもらえるような味の肉じゃがを作ること」です。

<やり方>としては、Aさんが自分でやることにしました。普段、料理はしないのですが、お母さんの肉じゃがの味は覚えていたので、こっそり料理の本を買って勉強しました。そして、独身の友達の家で練習させてもらいました。

<まんずやってみれ!>で、とにかく作ってみました。じゃがいもの皮の剥き方、他の野菜の切り方とか、はじめは大変でしたが、いろいろ練習するうちにかなりうまくなりました。

結局は、良い材料を使って、ほぼ本に書いてある通りにやり、最後の味付けで決まることを自分の舌で確かめられるようになりました。塩の量がもっとも大事で、ちょうど良い加減のところを見つけるのがポイントだということが分かりました。

本番(問題解決開始)では、家族の好みの味は自分の好みより薄目ということを考え、念のため、息子にも味見をしてもらって、見事、美味しい肉じゃがを家族にご馳走できたのでした。


この例では(たまたま)うまく行きましたが、上でも述べたように、やる人によっては全くうまく行かないこともあるのです。即ち、問題解決の技術的な面(技術あるいは頭の要因)だけを考えていたのでは、思うような解決は難しいということです。問題解決の人間的な要因(心の要因とでも言いましょうか)がとても大事です。話を先へ進める前に、このことを皆さんに認識しておいていただきたいです。

もっとも、この論文の題は、「(私の)問題解決の考え方」ですので、その内容について口を挟む人がいても、これは(私の)ものだからいいのだと開き直れます。しかし、私としては、本当は、口を挟んでいただきたいのです。皆さんのご意見を聞きたいのです。皆さんに私と一緒に考えていただきたいのです。

私の論文が皆さんのお役に立つには、単に、論文を読まれるのではなく、読むことによって、いろいろ考えていただくのが大事なのです。皆がそれぞれ自分自身で考え、いろいろな問題解決を経験して、話し合い、討論することが大事なことだと思います。


では、話を先に進めましょう。


<実際の問題解決の手段>

この後、「問題解決」の手順の説明に入ろうと思ったのですが、ここで、ちょっと、考え込んでしまいました。ここ(第2章)では、表向きには、技術的な面のみを書こうと考えていました(「技術あるいは頭の要因」)。

上記の考え方に気づいたのは、理工学の研究での経験からです。これらを取り扱う「技術の世界」では、客観性、普遍性や論理性が重んじられるのです。どの問題に対しても適用できるかとか、誰がやってもできるかとか、論理的か(一般の人に理論や考えを理解してもらえるような話の筋道になっているかどうか;これは私の考えであって実際にはもっと理屈っぽい難しいことが要求されるのです)などが納得されないと、信じてもらえないのです。例えば、「神様のお告げ」でやるべきことを決める、とか言うのでは駄目なのです。

ところが、上の図2.2や例4でも示した通り、解決するのは人間なのです。「問題点の洗い出し」と言っても、人によって大きく違ってしまいますし、同じ人でもそのときそのときによって結果が変わってしまうでしょう。他の項目でも同じことです。

「問題点を洗い出す機械」があって、それを1時間動かす、などと言えればいいのですが、そういう機械はまだありません。

ということは、人間的な面(「心の要因」)を無視することができないということです。

今のままでは、言われた通りにやったけれど、何もできないと言われてしまう場合が沢山出てくるでしょう。そして、実際にそうです。うまく行ったと言う人もいますが。

これは、「心の問題」です。人間は、同じ能力を持っていても、心の持ち方によって、何かができたり、できなかったりするのです。

難しい問題の解決には、やる気や知恵が必要ですが、これらは、出せと言われたからといって、簡単に出るものではありません。

やる気のない人には、いくら助言しても、自分で考えなければならないような問題は解決できないでしょう。やり方が分かっていることを指示しても、間違えたりするのです。

では、どうしたらいいのでしょうか。

問題を解決したい人に、やる気を出せと命令しても、簡単には出してくれないでしょう。本人の意思の問題、「心の問題」なのです。この他に、知恵、継続力、集中力、根性なども、皆、理屈だけではどうにもならない、どれも面倒な要因です。どれも、本人がその気になってくれないと駄目でしょう。やる気のない人に夢中になれと言ったって駄目です。

生真面目で、とても頭のいい人は、多分、考えれば考えるほど、いろいろな負の要因を思いついてくるでしょう。何をやったらいいか思いつかない、目標を達成できないかもしれない、問題点を洗い出せないかもしれない、解決策を見つけるのはもっと難しそうだ、自分はこのような仕事に向いていない、など、いくらでも、いやなことを思いつくでしょう。

私には、具体的な助言はできないかもしれませんが、何か言うとすれば、

もう少し気楽に考えてみたらどうでしょう。遊び心を出せないでしょうか。ちょっとやってみて、面白いところを見つけてみよう、この仕事は楽しくなるかもしれない、うまく行ったら、皆に威張れる、部長がご馳走してくれるかもしれない、女房と旅行に行こう、シャーロック・ホームズみたいにやったらどうだろうか、失敗したってクビにはならないだろう、どうせ何かやるなら大げさにやってみよう、いろいろな人に話して助けてもらおう、など、もっと前向きになるように助言するでしょう。私が一緒に仕事をしているなら、本当に、率先して、めちゃくちゃのことをやって見せるでしょう。

自分が子供の頃を思い出してください。子供は、高価なおもちゃより、ボール箱とか、つまらないものに面白さを感じ、夢中になって遊んだりするのです。子供の好奇心、うれしかったときや、楽しかったときの喜び方、美味しいものを食べて、「おいしいねえ」と言うときの顔、川原の土手を登ったり降りたりするだけでも面白いのです。自分や他の人の子供や孫をよく観察してください。


多くの子供は

「まんずやってみれ!」

を、命令されなくても、やってしまうのです。止めるのが大変になることがあるくらいです。知恵を働かし、いろいろな遊びを考え出し、それらに熱中できるのです。

馬鹿な大人になってしまうと、いろいろなことを思いつけないし、感動もできないし、知恵も働かなくなってしまうのでしょうか。

「心の要因」については、これ以上書いても、いくらでも発散しそうなので、ここいらで止めておきましょう(まだこれから何回も書きます)。でも、前に示した図2.2は、一見「技術あるいは頭の要因」なのですが、やるのは人間なので、「心の要因」(人間的要因)もいやでも含まれてしまい(分けられない)、極端に言えば、心の要因で成否が決まるとも考えられます。

心の要因については、ここでは、これ以上議論しませんが、解決手順についてもう少し詳しく説明します。


<問題を解決する人>(☆人間がやるのです→人間的要因大)
    ↓
<目標(課題)は?>
<やり方は?>
    ↓
<まんずやってみれ!>
 ☆元気で、楽しく、前向きに
 問題点の洗い出し(☆ここが頑張りどころ)
☆ いろいろなことを経験しよう!
☆苦労をしよう!(集中力、継続力、根性など)
 ☆新しい(面白い)ことを探そう!
 目標とやることの具体化
 チェック機能(☆進む方向を決める)
  やったことの良悪の判断
  悪いものの原因解析
    ↓
<問題解決開始>

図2.3 問題解決の基本的な考え方


この図は、図2.2に☆の部分を加えたものです。この図で、「まんずやってみた」後、実際の問題解決(研究)について、2つの例を考えてみましょう。



例5 半導体素子のプロセスの開発研究

研究の手順を図示してみましょう。



原料 → プロセス  → 半導体素子
      ↓↑       ↓
    チェック機能 ⇔ 素子特性(目標)
          対応付け  
           
図2.4 プロセス開発の手順


ここのところが、図2.3の<問題解決開始>のところに入るのです。

半導体素子とは、例えば、パソコンとか携帯の中に使われている重要な部品です。例えば、電話番号などの沢山の情報を憶えていてくれる部品です。憶える機能が大丈夫かどうか調べるのが「素子特性」の測定です。この特性の値がいくら以上だったら合格というような基準があるのです。

ですから、目標は、この基準に合格することです。

一方、この素子を作るには、原料から始まり、非常に沢山の工程(作業)からなる「プロセス」を経て、半導体素子ができるのです。ですから、素子特性を測って、悪かった場合、また「プロセス」に戻って、やり方を改良するというのはとても難しいのです(一般にはどこが悪いか分からないのです)。

一番頭のいいやり方は、図2.3の「まずやってみれ!」のところで、もっとも問題となる作業を見つけて(ここでは原料は大丈夫と仮定しましょう)おいて、この作業が良いか悪いかの判断をする方法(検査法;チェック機能)を見つけることです。

そして、ここが大事なのですが、その結果と素子特性の良し悪しとの間の対応付けができるということが必要なのです。どういうことかというと、このチェックで合格すれば、素子特性も良いものになるということです。(但し、このチェック機能を見つけるための、決まった方法があるわけではありません。個々の人間が自分の頭と心を駆使して見つけなければならないのです。)

このチェック機能がないと、半導体素子を毎回長い時間をかけて作って、特性が悪いと、また始めから作り直すというような作業を繰り返さなければならないのです。

しかし、このチェック機能があると、上記の、問題となる作業の時点でチェックして、良いか悪いかが分かるのです。そして、さらに、解析法があれば、悪い原因も分かるのです。ですから、半導体素子を全部作らないで、開発が進められるのです。



最後に、もう一つの、問題解決の例を考えてみましょう。料理の研究について考えてみましょう。

例6 料理の研究



原料  →  調理  →  料理(完成品)
       ↓↑        ↓
     味見と改良  ⇔  美味しいか?
   (チェック機能) ↑    (目標)
           対応付け

図2.5  料理の研究

この例でも、ここのところが、図2.3の<問題解決開始>のところに入るのです。

問題解決(研究)の手順を図にすると、図2.4の半導体素子開発の場合(例5
)とよく似ています。問題は全然違うものですが、考え方は全く同じです。

例4と大きく違うことは、目標を数や量で表すことが難しいことです。また、人によっても判定が変わることがあります。同じように、チェック機能も、器械(測定器)で何かを測って、値を出すというわけにはいかないのです。

では、人間が味見をすればいいのですが、全くできない人もいるのです。世の中には味の分からない人も、違いに鈍感な人もいるのです。そういう人がチェックして美味しいといっても、一般の人の多くは、美味しいと言ってくれないでしょう。

私は次のような経験をしたことがあります。ある、豆製品とかお煎餅の会社で売っている、ナッツとお煎餅を混ぜ合わせて袋に入っている商品を買ったことがあります。

そうしたら、皆美味しかったのですが、その中で、マカデミアナッツだけが古い匂いがしたのです。店に返したとき、その会社に送って調べてもらってくれと頼んだのです。

2,3週間経ったら、その会社から丁重な手紙が来て、代わりの製品を何種類か送ってくれたのでした。そして、手紙を読んで分かったことは、チェック機能として、味見係を置いているということでした。その製品もその人が合格と判定したものだそうでした。

では、不良品をチェックしたときと今で味が変わってしまってしまったのかなと思って、送ってもらった製品の中のマカデミアナッツを10個食べてみたら、今回も、3個は古い匂いがしていました。

この場合、この会社のチェック機能(味見係がダメ)では、私の味覚を満足させられないということが分かりました。

このように、人の味覚に頼るようなチェック機能には難しいところがあります。

また、研究などでは、このチェック機能を見つけるというのは、しばしば、非常に難しいのです。私の経験でも、研究に費やす時間と精力の大半をこのチェック機能の探索に投入するということもありました。

それほど、これは大事なことだと思います。良いチェック機能さえ見つかれば、研究の完成が著しく早くなるのです。



<本章のまとめ>

できるだけ早く解決に着手する、始めることです。そして、いろいろ経験し、どこが問題の重要なところかを探ることです。ここが一番難しいところで、最初は暗中模索のようなことが多いでしょう。しかし、いろいろ努力し、苦労しているうちに、興味が湧き、面白くなるとともに、問題の姿もつかめてきます。まんずやってみれ!は心の問題にも効果があるのです。

初めのうちは、自分のやったことが良いかどうかも分かりません。しかし、諦めないで、倦まず怠らず、コツコツと努力しているうちに、それが少しずつ分かってくるのです。こうなってくると、問題解決のために進むべき方向が次第に明らかになって、解決につながってくるのです。



参考文献

1)Antoine de Saint-Exupery: "Le Petit Prince," Librairie Gallimard, Paris, (1946).(星の王子さま)
2) S. Iwata and A. Ishizaka: “Electron spectroscopic analysis of the SiO2/Si system and correlation with metal-oxide-semiconductor device characteristics,” Applied Physics Reviews (J. Appl. Phys.), 79(1996), 6653-6713.


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